前回、「或る5歳児の母の単身?赴任狂詩曲」をしたためたところ、予想より多くの方に読んでいただけました。
当該エントリにて、「近日公開の次回作」と申しておりました件、そろそろ引き継ぎモードも佳境に入り、リアルで私をご存じの方にもほぼ事実自体はお伝えしましたので、書いてみようかと思います。

前提

今回の関西移住が決まる前、私は新卒入社から数えて3社目としてコンサルティングを生業として働いておりました。
子どもを持ちつつ30過ぎてから始めた仕事ですので、できることもあればできないこともあってとても苦心惨憺な日々、かつ昨夏で同僚が退職してプロジェクトのマネジメントかつソロ活動をしていたので、端的に言ってとっても大変でした。ただ、きちんと評価はされていましたし(辞めるにあたって「1.5人分は働いていた」と冗談交じりに上司に言っていただいたのは私の誇りです)、何に一番納得できていなかったかというと全力を尽くせない自分自身にです。もっとできるはず、もっと私の能力は上がるはず、ということを突き詰めたいと感じて止みませんでしたし、そういう性質の仕事だったのだと思います。

この仕事を、夫がいない状態で(しかも比較的土日に業務が入るので毎週帰ってこないかもしれない)、小学校入学を来年に控えた環境下で、納得できるクオリティで続けることができるか。
色々と考えましたが、「できない」という結論に達し、現職で成し遂げたかったこと、成し遂げられなかったことへの思いは抱きつつ、関西でできる仕事に転職することを決意しました。

スキルの棚卸

転職するに当たって、「じゃああなたは何ができるの?」というのが問われることとなります。
当方、著作権を中心とした知財の仕事、企業法務の仕事を計4年ほどやりました。これはある程度の強みです。(実際、現職でもこの知識は何度も使いました)
加えて、コンサルティングファームにいた、ということ、そこでの経験値、というのも評価軸の一つとはなります。
この2点の「自分の持っているもの」と合わせて、「関西でオープンになっているポジションに合うか」を検討し、応募していくことになります。今回は、法務に戻るかそれ以外の仕事をするか、かな、という感触での転職活動開始となりました。

転職活動

ここはまあ、個人の事情過ぎるところもあるのであまり具体的には書けないのですが、

企業法務での応募は書類で落ちまくりました。

あー、こういうキャリアを選んだからにはもう、法務の目はないんだな、ということを思い知れて、正直悟りを開けました。子どもがいて、配偶者の仕事の関係での転職で…という時点でお断りという例もありましたが、そもそもこの中途半端な年齢と経験は、企業法務においては全く魅力的ではない、ということです。
転職できなかったときに備えてロースクールの情報を集めたりもしていましたが、ここはもう、覚悟を決めるしかない、別れを告げるしかない、という悟りでございます。(「転進」したからには受け入れてはいたことであります)

女33歳、自分の腕一本(比喩的な意味)で、業界にこだわらずやれることをやって、社会に貢献しよう(そしてお給金をいただこう)という意思を固めました。

そんな悟りを開いたところで、初めて書類選考の結果として面接に進んだので面接に行ったところ、あれよあれよという間に通ったのでその会社に行くことにして、わたくしの今回の転職活動(子どもを産んでから3回目)は終わりを告げました。無論子どもがいることはお伝えしまくっております。それでも3回転職できることを証明でき、欣快にございます。(とはいえできればもうあまりしたくないです)

今後に向けた意思

今回の関西移住は、基本的には明るい理由によるものでございました。その移住に際して、家族が全員一緒に住んだ上で私にとってもやりがいのある仕事を確保できれば、というのが願いであり、達成できたことは大変良かったと思っています。
裏返して言えば、ここで私が仕事を確保できなければ家庭内にわだかまりが残り得たということでもあります。そして世の中において、このように何とか仕事を確保できるケースが多くない、ということは理解しています。自分の能力を棚卸して向き合い、何とか私は切り抜けられたようですが、夫婦二人とも責任ある仕事をもって働く限り、どちらかが何らかのキャリアの転換を図らないと一緒に住めない、ということは間々あります(我が家にも今後も発生することでしょう)。


幸い、今後、業務上においてもキャリア形成や働き方について検討する機会や環境を得られそうです。どうすれば「われわれ」は働き続けられ、成果を残すことができるのか、ということについて、身をもって実証していきたいと思っております。