お久しゅうございます。
急遽、主に私的領域にてばたばたしておりまして、落ち着く余地が春頃以降まで見えませんため」と言い残して3ヶ月以上、案の定バタバタしまして、多少何か書く気になったのがこんな時期になりました。
何にばたついていたかというと表題の通りでございまして、まだまだ現在進行形なのですが、途中経過を書いてみようかなというのが本エントリの趣旨でございます。

きっかけ

事は冬真っ盛りに遡ります。もろもろの経過をたどり、配偶者が4月から関西で勤務することに決定いたしました。
諸事情を勘案した結果、家族全員でついていく(=今の仕事を辞める)か、何らかの形で別居婚をするかを選ぶことに選択肢が絞られました。ただ、当方の仕事の関係上、どちらにせよ年度末では結論が出せないことは分かっておりましたため、この数ヶ月、落ち着いた生活にはなるまい、という事実が確定しました。

事態の推移

別居婚試行

当時の賃貸契約の関係もあって、2月に一足先に配偶者のみ関西の新居に移り、5歳児(年度末まで認証保育園に通園予定だった)と自分は都内の仮住まいへ移りました。
この生活が予想以上にきつかった、というのが一つの発見でした。

仮住まいには親族がいて、食事の作成や本当に困ったときの送り迎えを頼める状況と、かなり恵まれてはいました。さらに、真の繁忙期に関しては、実家の母を2度にわたって呼ぶことができ、それで乗り切ったというのが実情です。この1年半ほどでは、海外出張の際に実家に2度預けた他は比較的夫婦で何とかしてきたので、この年度末は本当に、親族を含めてこれまでにないスクランブル体制であったと言えます。
かくも援助が得られたとはいえ、ほぼ保育園送迎を半分以上引き受け、子どものケア(殊に精神的な部分)を大いに負うていた配偶者が平日いない、という状況は思いの外、過負荷でした。

確かに、従前の、自転車か徒歩での保育園送りと週に2、3回のお迎え、という体制から、全送り迎え担当(電車を乗り継いで登園に片道30分)、その後通勤、熱を出したら全担当(これまでは夫婦で分担できていた)、という状況に激変すれば、しんどいに決まっております。こういうときに限って、仮住まい移転直後に5歳児がインフルエンザに罹患する(予防接種済み。区をまたいだ転居だったため乳幼児医療証なし…)という憂き目に遭い、軽くめまいがしました。
配偶者は毎週末関西から東京へと来てくれておりましたが、当然単身赴任手当等が出ているわけではなく…。

年度末繁忙期

そうして迎えた年度末の大繁忙期でございました。正直、まだ1ヶ月経っていないけれども記憶が甦らない状況です。記憶がないほどの状況に至った理由は、以下のように分解できると考えています。

  • 忙しいのに労働時間を増やせない
  • 仕事に関しては、前より早い時間に、保育園お迎えがあるから強制終了して走って帰る、という状況でした。そうやって帰宅したあとは子どものケアも有りますし、寝かしつけたからといって、30を過ぎて徹夜ができる体調ではない、寝ないと保たないという自らの加齢に向き合うことにもなりました。
  • 積み上がった仕事が終わらない
  • こんな時に限って、人員配置の関係もあって、仕事がソロ活動になっておりました。打ち合わせの設定をしたとして、自分が駄目なら完全キャンセル。バッファなし。自分が作らない限り資料はできず、自分が考えない限り進捗はなく、自分が調べない限り発見はなく、しかも締め切りはタイト。仕事はそりゃあ積み上がります。
    どうしても夕刻以降の打ち合わせを入れたくて、配偶者を関西から呼んだこともありました。感謝してもしきれません。ちなみに当然自費です。家計費です。とはいえ、突然子どもが熱を出したときは打ち合わせを当日キャンセルいたしました。2月3月とは、気候の変化もあり、子どもが発熱しやすい時期でもあるのです。
  • 終わらないだけでなくクオリティに満足できない
  • この時期、さらに困難を増した背景としては、苦手分野と取っ組み合っていたのでございました。苦手ということで進捗が悪く、時間をかければできるかもしれないことでも、上述の理由から、時間をかけるという選択肢はとれませんでした。ここで勝つには圧倒的な能力と要領の良さとこなすスキルが必要だと分かっていましたし、そこに対して向かい合うことはしました。
    しかし残念ながら、そこまで圧倒的な能力は私にはなかったと判断しています。そんなこんなで、比較的すり切れた状態で3月末を迎えました。最後は、普段ならやらないような書類ミスや見落としや無駄な動きをして、さらに疲労が増すという悪循環でした。

年度が替わって

引き続いての仕事においては、真摯には取り組んでおりますが精神的なすり切れが快復せず、というのが正直なところです。加えて、私の思想信条が
「夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり」三橋鷹女
だったことを噛みしめております。ただ、恬淡とした心持ちで、少し落ち着いて業務中ではあります。

現況

環境はさらに激変いたしました。
年度が替わり、配偶者の仕事は始まり、子どもは拠点を関西に移して預かり保育有りの幼稚園に年長から入園しました。(とても楽しみにしていたので毎日楽しそうにしています)
なので、今度は私が東京に単身赴任状態にて勤務を継続しています。幼稚園の預かりが充実しているとはいえ、新環境に父娘が同時に入るというのに、平日母がいないという状況になっていました。
ですので、当方が有休を多めに使って平日1日か2日休むと同時に、お義母さんに数週間来てもらって、幼稚園になれるまでのケアをお願いしてきました。こうして、保護者会等には自分で対応しつつ、私が不在の日は家事と午前保育後のお迎えをお義母さんにお願いし、半月をしのぎました。
そんな頼りになるお義母さんも帰宅されたので、今週から、シッターさんと当方の平日有休とフルに預かり保育を活用して、主に配偶者が娘をケアする月間が開始しております。主に大変なのは夫です。ありがとう夫。本当に助かります夫。ただ、毎週末(場合によっては日帰りもします)飛行機で行き来する私もそれなりに(いや結構)大変です。

これから

画策も思いもあれど、長文になったのでこのあたりで本稿はおしまいにいたします。
結果としては、久々に「積んだ…」や「死にそう…」や「ふざけるなーー!」や「何じゃこりゃあ!」という激しすぎる喜怒哀楽を味わいました。
我が家のかかる状況を知った、特にママさん陣には、「ここらへんで少し休んだら」とか「いったんゆっくりされるんですか?」というご質問をいただきます。転園前の保育園で立ち話したときも8割くらいの人にそう言われました。

が。

転ぶときには前のめりに顔から行きたいタイプですので、心も体もすり切れておりますが、情熱だけはまだメラメラと生きております。
私は何であっても最後は環境にも自分の弱さにも疲労にも負けないし、このバタバタも、そのうち楽しく懐かしく思い出すんだろうな、と達観はしております。

近日公開の次回作?にどうぞご期待くださいませ。